群青日記

人生で一番痛々しい時代にどうしてブログを書いているのか

不眠症

眠れない。いつものことだけど。
キーボードを叩き始めると眠くなるのが不思議だ。
電気を消して布団に潜ると、不思議と目が冴えてきて、
……というよりは、なんだろう。目が冴えるというのは違うかもしれない。
気分が悪くなって、眩暈がして、体の節々が痛み始めて、
気が付いたら呼吸の仕方を忘れている。
それでもしばらく耐えてみて、あまりの息苦しさに気が狂いそうになったころ、
やはり眠れない、と諦めて起きてくる。
水を飲んだりしてみて、落ち着いたら、また眠ろうとする。
やはり眠れなくて、しばらくしたら起きてくる。
そんなことを何回か繰り返していると、そのうち眠れる。
こんなのをもう何年も続けているのだ。
ここまでひどいのは最近になってだけど。

不眠といえば、寝付けないのに加えて起きられないとか早く起きてしまうというのもある。
夜中、誰かの叫び声が聞こえて、ウッと目を覚ましてみれば、自分の声だった、なんて。
うなされていたのだ。
目覚めはいつも気分が悪い。すっきり目覚める朝は一年で一日あるかわからない。
特に寝覚めが悪いのは昼寝のあとで、いつも吐き気がする。
いま気付いたのだが布団が悪いのかもしれない。もう何年も同じものなので、消耗して真ん中がへこんでいる。
これの寝心地が悪いせいなら、布団を替えれば済む話なのだが。
そういえば旅行に行った先ではだいたいうまく眠れている。
それがふかふかのベッドのおかげなのか、歩き疲れたおかげなのかはわからない。

前に書いた文章はひどく支離滅裂だった気がするけど、
今日のは落ち着いている。
手が痛くなってきたので今日はこのあたりで。
眠れるといいけれど。

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宗教

人が宗教に熱中する姿を我々は白い目で見るが、
……我々と書くのはつまり俺とおおむね同じ気分の人がいるだというと思って書くのだが、
あれのどこがどう間違っているのか。

信じることが間違っているのじゃなく、宗教以外のいろんなものを疑っているのが危うい。

宗教を否定して奪おうとする人はよくいるが、
仮に成功しても、彼が改心して自分の目で世界を見るようになるとは限らない。
おっと、自分の目とは? 我々は生まれてこの方無数の人間に影響を受けているから、
はっきり自分だけの感覚、自分のみに由来する感情や思想というものはごくわずかである。
それは誰にとっても同じであり、ほとんどは人から見聞きしたものであり、各々の新たな考えというのは確かにわずかだけある。
しかし聞いたもののうち何を覚えておき何を忘れ、何を良しとし悪とするかの判断がある。
なので、確かに我々の思想はほとんど人からもらったものだが、
我々が見聞きし体験した情報そのものではないのである。その取捨選択には確かに価値がある。

何の話だったか。
見聞きした者の取捨選択と、それから個人で体験、このふたつが思想の正体である。
これは人間本来の機能であって、生来誰にでも備わっている。
生来、と書いたのは、後天的に失ったり衰えたりすることがあるからである。
自分でものを考えろ、と言うのは、たぶんこういうことであり、
自分が正しいと思う意見自体は、誰かの真似かもしれないが、それを選び抜いたのは自分なのである。
その選択に価値があるのだと思う。

人が考えられるものの量は体力やら何かに制限されて有限であるから、
各々分担するのである。全員で広くやるより各々特化した方が効率がいいらしい。
自分の分野でないことは、専門の者の結論をもらってくる。料理ならクックパッドを見るとかである。
いま不思議に思うのは、例えば一人の天才がふいにすごい機械の仕組みを思いつけば、
瞬く間にメディアがニュースを書き、同業者が集まって研究し、工場は動きトラックは走り、
時間と資源さえあれば一人の発明が全人類の家に届くのである。すごい。

ところで自分の分野に関しては、ある程度は先人の結論をもらってくるものだが、
新しいものを考えたり実行したぶんだけが功績であろう。
人の真似をするな、と言われるのはたぶんこういうことである。


話が逸れすぎてすごい、理論整然と話ができる人の頭はどうなってるんだ。
自分がおかしいのかしら。

それで、何だったか、
宗教に熱中する人間がなぜ非難されるか、俺はなぜそういう人を見て妙な気分になるかというと、
(妙な気分というのは批判したいけど責められるほどのものでもない気がする、という感じ)
彼の善悪判断や目耳が働いていないように見えるからである。
ところでどうして人は宗教を信じるのか、宗教とは何であるか?
あれは人に支配されてきた人が、支配者を失ったときに作り出すものではと思ったことがある。
それとも単に人を支配するためのものだろうか?
純粋な宗教とは、己で己を支配するために己で作り出すもので、ひょっとしたらユダヤ教はそれに近いのではと思ったけれど、よく知らない。

人間のことはよくわからない、自分だってもともと何かを信じたくていろんな本を読んでいたが、
いまは、特に誰のことも信じていない、フラットな人間不信でいるつもり、でいる。

宗教に熱中する人間をどうすれば救えるか、どうなれば救えたと言えるか?
宗教以外のものも信じるように、少なくともあまり疑わないようになればいいのだと思う。
宗教以外のもの、……モノというより人だろうか。結局人を信じられないのだ。
では我々は何をすべきか?
いろんなところで、立ち直っていく人を見たことがある。間近にじゃないけど。
だから自然になんとかなるんじゃないかなと思いました。
こう、「何をすべきか?」と言うと、急に支配的な、強いられる感じがするが、
人間不信の正体の一端がその他人を支配しようとするものなので、
これは答えのない問いであり、もしくは「何をすべきだとも言うことができない」ということになる。

僕が生活に困っているのも同じような理由で、同じような答えになると思う。
つまり「自分は何をすべきか?」と考えているが、
何をすべきだとも言えないのだ。
いまの僕は主体性を失っている。何がしたいとも思わないし、できれば目が覚めたら死んでいてほしいと思っている。
どうしてか幸福を求めることを禁じられているようである。誰に? いつ? その犯人はもっと重いものに苦しんでいる。
今まで自分を殺す努力ばかりしてきた気がするが、今度は正反対に進もうと言うのである。

なんだか危うい気もする。このまま義務感に自分を殺す生き方もあるような気がしてきた。

わからない。
自分は何がしたいか? 寂しい、もう少し人を信じられるようになりたい。

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午前七時の備忘録

雑な言い方をしますが、
理解するというのは支配することであります。
なので人間を完全に理解することは不可能であると思うし、
不可能でなければならないと思います。

さて僕は毎日死のうと考えて、
同時に遺書の文面を考えています。
遺書には自殺の理由を書くものですし、書かねばと思うのですが、
なぜ自分が自殺するのか、自分でも説明がつかないのであります。

また雑な言い方をすれば、
死にたいから死ぬのだで事足りるのですが、
なぜ死にたいのか、から始まり延々と辿っていくと、
どうにも綺麗に書けないのであります。

他人が書くのなら、適当なことを書いて、家庭環境なり生来の性格なりで済ませられるのですが、
自分で書くとなると、どうしてか難しい。
こういう完璧主義が僕をここまでの憂鬱に追い込んでいるのだ、
とまとめればまだ面白いでしょうか。


完璧主義であればあるほど仕事は良くできるものですが、
そのぶん完成が遅くなるもので、
自分の場合はおそらく一生かかっても完成しないような速度で進んでいるのだと思います。
ではどれくらいの速度で仕事を進めるのがちょうどいいか。
自分が死ぬ日を思い浮かべているのがちょうどいい気がします。
60とか80くらいになって、最高の作品を書いて、名誉の中で惜しまれながら死んでいく。
それなら文句はない、最高の人生でしょう?
その日のために生きると思えば、
今日や明日という日も、この身も、少しずつ意味を持ってくるような気がします。

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月光

私は猫である。名前はいくつかあって、夫にはラン子と呼ばれている。家の人間にはだいたいミケとかミーちゃんと呼ばれていて、たまに家の外から遊びに来る人間にはネコちゃんと雑に呼ばれている。こんな境遇はきっとどこの家に住む猫や野良猫でも同じことだろうと思うけどさ、猫だからネコちゃんだなんてあんまりじゃない? そんなものかしら。将来もし人間が宇宙人に飼われることになったとしてさ、「ヒトだからヒトちゃんって呼ぼうね」なんて言われたら奇妙じゃない? ヒトって言葉はヒトが作ったものだから変に思うのかな、宇宙語でニンゲンって意味の言葉を使うのなら変じゃないのかも、なんてね。

何の話をしてたんだっけ?
うちの話でもしようかしら。

夫がいるって言ったけれど、そんなにいいものじゃないの。もう人間で言えば40かな。私はまだ20だけど。
まあ、いいわ。なんだか話しにくくなってきちゃった。

そうそう、昨日おとなりの野良のフータくんがね、彼まだ若くってね、人間で言えば中学生くらいになるのかな。突然うちにやってきて、私のことを呼ぶの。行ってみたら、ネズミを一匹置いて帰ってくれたんだけど、どこへ仕舞おうか困っているうちに、家の人が帰ってきちゃったの。それで、私が捕まえてきたんだろうって、散々怒られたのよ。ひどかったわ。私、何もしてないのよ。ネズミどころか、虫にじゃれるところさえ見せたことないわ。はしたない。今までだって、一度もそんなことしたことないのに。そしたらね、フータくんが奥さんに、ああ、私を怒ってたのは奥さん、家のお母さんなんだけど、彼女の足首にかじりついたの。奥さん、ぎゃあ、って叫んで、へたりこんで、震えてるんだけど、フータくんは奥さんに「ラン子さんは悪くないだぜ、怒ってるなら俺を殴りな! ほら、やってみなよ」なんて。伝わらないのにね。

わかんない? なんだろうなあ、変だったの。おかしかったわ。

その後ね、別に私が悪いってわけじゃないんだけどさ、なんとなく、奥さんがあんまり怯えて、いつまでも泣きそうな顔してるもんだから、かわいそうになって、彼女のために、買い物に行ってあげることにしたの。あら、猫だっておつかいくらいできるのよ。見たことない? 口にお財布とメモをくわえて行くの。お店の人に渡すと、お野菜とか、小さいものだけだけど、袋にいれて、またくわえて持って帰ってくるの。大変だけど、できないわけじゃないわ。
それでね、奥さんに、何か買い物でも行きましょうか、って聞いたの。もちろん、通じるわけはないんだけど、不思議とね、まるで奥さんが急に自分で思いついたみたいに、「そうだ、良いことを思いついたわ」なんて言って、メモを取り出して、「ミケちゃん、お願いできる?」なんて言うの。私は人間が何を言ってるかもうだいたいわかるわ。野良の子はわかんない子もいるみたいだけど、ずっと暮らしてるとわかるものね。でも文字は読めないわ。でも文字を文字だってわかるだけでも頭がいいほうなのよ。さっき言った、野良のフータくんなんて、表札をね、わかる? 家の前にある、名前が書いてあるやつ。あれが、研ぎ心地がちょうどいいんだ、なんて、ガリガリやってたら、ボロボロになっちゃって、次の日その家の人朝からカンカンに怒ってたわ。ああ、おかしかった。どこのいたずら小僧だ、なんて真っ赤な顔で聞きまわってたけど、猫だとは思わないものね。私、その人に何度「フータくんですよ」って、「ほら、いまそこで大あくびして、『俺には関係ねえんだぜ』って顔してる、フータくんが犯人ですよ」って、教えてあげようかと思ったわ。でも私の言葉はわかんないものね。フータくんに、表札で爪を研いじゃいけないよって教えたら、きょとんとして、へえ、研ぎやすいとこにあるのが悪いんだぜ、なんて笑ってたけど、もうしてないのかしら。前は何度注意しても、いたずらっ子だったのに、大人になったのかしら? ちょっとだけ寂しいわ。なんてね。

あれ、何の話だったっけ? そうそう、おつかいに行った話をしてたわね。奥さんにもらったメモ、自分でも読もうとしてみたんだけど、全然だめね。何度も見てるはずなのに、ほとんどわからないわ。人間は、子供でも字が読めたり書けたりするんだから、ひょっとして、私たちよりよほど頭がいいのかしら。すぐに怒りだしたりするところは、全然賢そうじゃないけど。

それで、奥さんには「いつものお店ね」って言われたんだけど、私、その店しか知らないの。他にもお店はいくつもあるみたいなんだけど、どれが人間の家で、どれがお店なのか、わからないわ。ただ、八百屋のゲンさんがいるお店だけはわかるの。おつかいに行くときはいつもそこに行くの。ゲンさんは変な人でね、私の言葉がわかってるのかわかってないのか、どっちかわかんないの。なんだろうね、目の細いおじさんなんだけど、優しいような、何を考えてるのかわかんないような、変な人なの。たまに会いたくなる人ね。一緒に暮らすとしたら、変な気持ちだろうけど。

それでね、ゲンさんのお店までの道はわかるから、あの、私生まれてずっと人間の家で暮らしてるから、猫なのに方向音痴で、散歩も好きじゃないの。だから迷わないようにって気を付けてたんだけど、途中で、フータくんに会って、「どうしたんだい」って。私が外へ出るのが見慣れないらしくて、びっくりしてたわ。変な顔してた。フータくんらしくない。でもちょっとかわいかったな。
それから、フータくんと歩きながらずいぶん話し込んじゃって、道に迷ったわ。いろんなことを聞いて、楽しかったから、ついぼうっとしちゃって。彼、遠くまで平気で出かけるみたいで、ここから川を三つも越えたところに魚屋さんがあって、そこのおじさんに一匹もらったんだ、って言ってたわ。川を三つって、私には途方もない距離だわ。人間で言ったら、ええと、どれくらいだろう。わからないわ。私が外を知らなさすぎるだけかもしれないもの。
それで、ずいぶん長い間話していて、気づいたら知らないところにいたわ。なんだか爽やかな匂いのするところだった。都会から離れて空気が綺麗になったのかしら。車も建物も少なかったわ。
フータくんに聞いても、さあね、って目をそらすだけで、きっと、彼も知らないところに来ちゃったんだと思うわ。そのまま、来た道を引き返したんだけど、なんとなく、このままどこかへ迷い込んで、永遠に家に帰ってこれなければいいのに、って。まあ、そのせいか知らないけれど、ずいぶん迷ったわ。フータくんもちょっと焦ってたもの。たぶん、俺のせいでラン子さんを野良猫にしてしまったら、どうしよう、かしら? 考えすぎかな。結局、無事に帰ってこれて、私も知ってる道に来たとき、初めて財布とメモのことを思い出したの。どこかで落としたみたいで、気づいたら口には何もくわえてなかったわ。きっと、ずいぶん歩き回ったうちに、疲れて落としたのかなって思った。しょうがないから、家に帰ったら、家の人はずいぶん心配してたみたいで、私を抱きしめてくれたわ。ちょっと嬉しかったけどね。財布は、後で見つけたんだけどね、奥さんの机に上にあったわ。土埃で汚れていて、聞いてみたら、見つけた場所は、私がフータくんに会った場所だったわ。私たちが行ってしまった後で、財布とメモだけ落ちてるのを見つけて、どこか遠くへ行ってしまったんじゃないかって、ずいぶん心配して、町中みんな、とは言わないけれど、知ってる人は、ゲンさんも、心配してくれてたみたい。なんだか、悪いことをしちゃったわ。でも、ちょっとだけ楽しかったから、そのうち自分で遠くへ遊びに行けるように、方向音痴を直せたらいいなって思ったの。ね。明日にでも、もし誰か一緒に来てくれるなら、向こうの川まで歩きに出たいな、なんて。私、誰を待ってるのかしら。



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吾輩は猫である、なんて、猫が言うわけないんだよなあ。人間は猫というものをわかっちゃいねえ。じゃあ説明してみろよって言われると困るんだけどさ、まあ、そっとしといてくれよ。

昨日、ラン子さんには悪いことしちゃったな。気づいたらトラ坊のいる町だった。やけに時間が経つのが速かったなあ。確か、あの赤電柱から先がトラ坊の縄張りで、そこからこっちへは絶対入ってこないから、そこで引き返せばよかったのだ。

ラン子さんと言えば、ネズミのこともあったなあ。何だっけか、うまく思い出せないけど。

ラン子さんにはいつも迷惑かけてばっかな気がするな。あんなに綺麗なのに、いつも俺に構ってくれて、明日にでも、いや今すぐにでもお返しがしたい気分だ。しかし、俺なんぞがあの高貴なお方にどうお役に立てるのだ、と思うと、せめて退屈そうなときに話し相手になってやるくらいしか思いつかない。後は、ああ、そういえば昨日、帰り道で、遠くへ行ってみたい、知らない川とか散歩してみたいって言ってたな。誘ってみようかな? 今から。日も落ちているから、人も車も少なくて、散歩にはちょうどいいけど、ラン子さんの家族は怒らないかな。明日のお昼にしたほうがいいかな。

なんて、考えながら家の前に来てみると、窓一枚を隔てて、薄明かりに照らされたラン子さんがいた。呼ぶと、そのまま窓の細いすき間から、抜け出してくる。

「家族は怒らないかい?」
「すぐに帰れば、わからないわ」



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眠りについた街中を、
ふたつの影が歩いていく。
体をすり寄らせて、何か会話でもするかのように、
ふたつの影は川のさざめきへ消えていった。

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落し物

重たい荷物を背負っていたのであります。
ぼしゃん! 池に落としてしまった。
どうしよう、どうしよう、看板が立っていて、
ここは神聖な泉だから触れてはならぬ、とかなんとか。
しかし荷物を落としてしまった、なにか命より大事な荷物だった気がする。
どうすれば、どうすれば、
すると泉がおのずから吹き上がり、
一人の女性、白い衣で髪の長い女性が、泉の中から現れた。
笑顔で、右手に荷物を持っている。左手には? 左手は、背の後ろに隠している。
「あなたが落としたのは、この荷物ですか?」
はい、と答える前に、気になったことがあって、
「女神さま。左手には何を持っているんです? 隠していらっしゃるようですが」
と聞いた。
「何か持っているように見えますか?」
と答える。ここからはほんとに隠れて見えない。
さらに、
「仮に何か持っているとして、当てたらお返ししましょう」
と言う。
「それじゃあ、元は僕のものなんですか」
「はい」
と、笑っている。
何だ? 僕はさっき転んだ拍子に、あの荷物の他に、何か落としたのか。
でも、何を?

これがわからない。

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「流刑」

 ひどい寒気がする。目覚めてすぐ、体が濡れているのと、直射日光にさらされているのとで、体力がひどく消耗しているのに気が付いた。
 なぜ、僕は砂浜で倒れているのだ?

 痛む体を起こして辺りを見ると、どうやら、僕は孤島にいるようだった。一面の海、絵に描いたような水平線、砂浜、背後には森。人の気配はない。
 照りつける日差し、ひどく喉が渇いているのに気が付いた。なにか飲みたい。ただ、決して海水を飲んではいけないとされる。体が水分を欲するのは血中の塩分濃度を下げるためなのだが、海水の塩分濃度は血液のそれより遥かに高いので、飲めば飲むほど喉が渇くというわけである。
だから、こういう状況でもし水を持っているのであれば、真水にその半分の量の海水を混ぜて飲むとよいらしい。
 あたりを見回したが、水の入っていそうなタンクや水筒やらは見当たらない。一緒に流れ着いているかと思ったのだけど。しかし、僕は、どうしてこんなところにいるのだ? 服を見ると、囚人服のようだ。灰色の、頑丈で、番号のついている服。流刑といったところか。そんなものがある時代だったか。今が何年かも思い出せない。そのくせ海水を飲んではいけない理由についてはよく覚えているんだから不思議だ。きっとここへ流されるときに溺れかけて、そのショックで記憶喪失になったんだろう。それとも、記憶を奪うのも刑の一部であるとか? わからない。とにかく喉が渇いた。


 ああ、僕が何の罪でここへ来ているのか知らないが、よほど狡猾な人間だったに違いない。海水を真水にする手順さえ覚えている。何のために覚えておいたのだろう。今まさに役に立っているのだが。
 それには何かおわん状のものが要る。地面に穴を掘り、そこに海水をため、蒸留の要領で蒸発した水だけを回収するのである。

 さすがにおわん状のゴミくらいいくらでも転がっているだろう、と思っていたが、僕は無人島の物の少なさを甘く見ていた。いつも砂浜にゴミがあるのはそこに人が来るからなのだ。この無人島には流木の他にプラスチックもビニールも見当たらない。
 が、かろうじて、使えそうな形状のものがあった。奇怪なことに、何だ、なぜこんなものがここにあるのか知らないが、お面である。ひょっとこのお面があった。口の部分だけ開いていて、そこをふさげば使えそうである。


 喉の渇きを耐えながら、ひょっとこのお面を眺めること数十分、ようやくひとすくいほどの飲める水を手に入れ、生きた心地がした。ひとまず、水はどうにか手に入る。やはり生きていくには知識だ、知識がなければ生きていくことはできない、と痛感する。
 しかし、僕が犯した罪とは。なぜここへ送られているのか。全く思い出せない。体の節々を見てみたが、タトゥーも目だった傷もない。もしや、犯罪グループの機械担当だとか。一人で何かをやるような人間には思えない。そんな野心は心中見当たらないのだ。

 難しいことを考えていると腹が空いてくる。一体、何を食えばいい? ビールと焼き鳥が頭に浮かんだが、あるはずもない。食えるものならなんでもいい。といっても、辺りを見ても栄養になりそうなのはかろうじて流木くらい、もしくは釣りをするか、森へ入って生き物を探すか。
 僕は自然と流木を切りだして槍を作り始めていた。釣りより狩りのほうが楽しいから。楽しいから? できそうだからじゃなく? この土壇場に至って? 自分でも不思議だった。しかし、やむを得ず食うために生き物を殺しに行く、という状況が、僕に不思議な高揚をもたらしていた。恐怖はなかった。
 粗末な槍を手にして、僕は森へ進む。



 ああ、人間とは、なんて残酷な生き物だろう。僕は素晴らしい満足感とともに、右手に槍を、左手にウサギの肉を二匹分抱えて、森を進んでいた。きっと、人間社会で人に見られたら、この人でなし、って言われそうだ。女の子なんか、顔を青くして、もう二度と話しかけてくれないだろうな。ペットショップで、ああかわいい、なんて言いながらニンジンをやって愛でているウサギが、今や、食糧でしかない。なんてひどい、でも仕方ないだろう? 生きるためなんだ。生きるためだから、殺すのが楽しくても、仕方がない。ひでえもんだ。
 と、僕は完全に自分に酔っていた。このあたりがきっと、僕の犯罪者たるゆえんで、そして捕まってここへ流された由縁なのだろうと思う。反省を始めたときには遅かった。うかつにも、目の前には二つの光る眼、自分の倍はある巨体、重量。ウサギなどとは話にならない、熊、熊が、今まさに飛びかかろうと、ゆっくりとこちらへ距離を詰めているところだった。もう射程圏内に入っている、気づいてすぐ、槍を構えたところで無駄だと思った。走って逃げてもきっとだめだ。どうする、助かるには。死んだふりをするのはいけないとなにかで読んだ。熊は死体を弄ぶ生き物だからだ。ではどうする。懐に、ひょっとこのお面があるのに気が付いた。サッと被ってみる。白い顔、歪んだ表情、威嚇するような口。どうだ、怖いか。熊は一歩後ずさった。勝てる。僕は一歩距離を詰めた。熊は同じだけ後ずさる。ウオアーーッ。奇声を発し両腕を振り上げる。体を大きく見せるのは威嚇の基本である。気が付いたときには、熊はもう森の闇の中へ駆けて消えてしまった。あの脚力で襲われては、どうしようもなかったろう。
 静寂の中、一人、ひょっとこのお面を見つめる。そんなに怖い顔をしているか。何かで聞いた話だが、ひょっとこには美談があったはずだ。勤勉な風呂炊きの少年の話だ。当時、風呂炊きという仕事があった。風呂桶の下で燃えている火がちょうどよい火力であるように調節する仕事である。細長い筒をもって火に息を吹きかけるのである。丁稚奉公の少年が安い賃金でやらされていることがよくあり、お客はかわいらしいともかわいそうだとも思ったそうな。その風呂炊きの一人が、あまりにも仕事熱心すぎて、口がその筒の形になってしまった、というのがひょっとこの由来だと聞いたことがある。間違っているかもしれないが、どこで聞いたかもしくは読んだかは覚えていないので、確かめようもない。ひょっとこのお面を見つめる。確かに怖い顔をしている。これのどこが、勤勉な少年なのだ。やはり話が間違っているのかな。ともかく僕にとってはこのお面は熊撃退の武器であり、あと飲み水製造機でもある。大事にしよう。

 森を出て、見通しがよくて木陰になっている場所をひとまず仮住居とした。草などを敷いて寝られるようにもする。さてウサギの肉をどう食ってやろうか、やはり焼くのが無難だろうと思った。そこで火を起こすことにするのだが、一向につかない。木の板と棒をこすりあわせて摩擦熱で起こすというのは知っている。付近に酸素が必要であるから、板の割れ目の部分で行うと良いのも知っている。火が起こったらワラなどに移し、適度に火を振り回すと酸素とよくぶつかって激しく燃え上がるというのも知っている。ただなかなかつかない。こんなに苦労するとは思っていなかった。しばらく試して、火打石というものを思い出す。あれの要領で石同士をぶつけてはどうかと思った。大きな岩に草木をかぶせ、そこへ石を投げつける。何度か試すとうまく火花があがり、火が付いた。
 そうして、ようやく食事にありつけたわけである。ウサギをさばくのも、食べるのも初めてだったが、こうも状況が切迫していると、感覚が麻痺して、何も感じない。きっと、人間社会へ帰ってから思い出すと、吐き気がするんだろうな。でも今はただただ美味しい。調理がうまくないのか、硬いし味もよくないはずだが、体に染みわたるような、「今まさに飯を食っているのだ」という感じがする。



 食事を終えると夕方になっていた。赤い陽が海へ溶けていく。夜になる前に火を用意できたのは幸いだった。寝床も一応作っている。どうだ、この適応力は。初めて無人島に来た人間とは思えない。いや、まさか初めてではないのか? 前にも来たことがあるのかもしれない。まったくわからない。

 血のような赤い夕焼け、赤い海を眺めていると、なんだか不安になってきた。僕は、こんなところで、一人で、何をしているのだ。誰か、会わねばならない人がいるような気がする。何人も。両手を見る。煤と血に汚れた手。よくよく思えば、脆そうな手だ。体格からしても、僕は力仕事をするような人間ではないらしい。はあ、とため息をつくと、さっき食べたウサギの、獣の臭いがした。僕はここでいつまで暮らしていくのだろう。何か月か。何年か。死ぬまでか。いつまで正気でいられるだろうか。

 誰かを頼りたいような気になって、わけもなく、ひょっとこのお面をかぶる。何かそういう部族の人間のようだ。はあ、とため息をつく。すると、ピュウ、と妙な音が鳴った。お面の口の部分だ。吹くと、ピュウ、ピイ。笛になっているらしい。なぜそんな機能が。
 泣き叫ぶように、海に向かって、思いっきり吹いてみる。……ピイ―――――……。もう陽も落ちた。眠ろう。

 すると、森を挟んで、島の向こうの方から、……ピイ―――――――……、と、同じ音がした。やまびこ? やまびこが起こる地形の条件を僕はよく知らない。どこでだったか覚えていないが、やっほー、と叫んで、耳を澄まして、帰ってこなくて悲しかった記憶がある。それ以来、ずっと心のどこかで気になっているようだ。この島で起こるのなら、つまり、と、僕はもう一度ひょっとこの笛を吹こうと、被りなおした。すると、僕が吹くより先に、……ピイ――――……、と、笛の音が聴こえた。森の向こうから。これは? 一体、僕が考えるより先に、……ピイ、ピイ、ピイ―――――――……、と、笛の音が鳴る。音は何重にも聞こえる。それに、さっきから、こちらへ近づいているような気がする。今も、途切れることなく、音が聞こえる。僕も笛を吹きかえす。藍色の夕闇、炎を背に、僕の笛と、何者かの笛が、会話するように鳴り響く。その相手はだんだん近づいてくるようで、ついに、ガサッ、森の茂みから、人が飛び出した。五人、いやもっといる。十何人はいようかという集団が、駆けるように、僕の元へやってきた。皆笑っている。新しい仲間に会えた、そんな感じだ。手にはたいまつを持ち、皮でできた服を身に着けた彼ら。顔つきは、白人もいれば黒人も中東の者もいるらしかった。英語で、会えてよかった、よく生きていてくれた、とか何とか言っているが、僕が気になって返事もできず邂逅を喜べずにいるのは、そのお面のせいである。みんなひょっとこのお面を持っている。ある者は被り、ある者は紐で腰にくくりつけ、ある者はどうやっているのか肩に張り付けており、ある者はいまだに笛を吹いている。彼らは何なのだ? 僕は仲間に入っていいのか? 嫌と言っても断れそうにない。僕だって、どうしてか、同じお面を持っているのだ。このお面に何の意味があるのか、犯罪結社のトレードマークなのか。彼らは何者なのか、僕は何者なのか。これからどうやって生きていくのか。もしや脱出計画があるのか。僕の頭はパンクしそうだった。だからひとまず今晩はゆっくり眠って、明日、彼らとゆっくり話をしようと思う。だから、とりあえず、彼らだって悪い人ではなさそうだし、いや流刑に処されているなら僕と同じくらいの悪人ではあるはずなのだが、とりあえず彼らに従って、後をついていくことにする。

 と、僕は半ばわけもわからぬまま、いくつもの問題を抱えて、彼らの一員となり始めている。この一団がこれからどう生きていき、何を思い、どこへたどり着くのかは、誰も知らない。僕も知らない。

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